今日の散歩道(筆者自己紹介)

 

「今日の散歩道」(筆者自己紹介)

私は昭和23年(1948年)、奈良県南部(現在の五條市)、のどかな田園地帯で誕生。

生家の近くを吉野川(和歌山県では、紀ノ川と呼ばれる)が流れ、幼少時の夏場は友達と川餓鬼になって魚を追い、また季節ごとに熟す自然の果物を食し、春は山菜、秋は松茸採り、遊ぶ物は竹やら木片で自作した遊具と、自然そのものの中で育ちました。

この頃から草花に興味が有り、山で採集した幼苗を育て、神社の森の腐葉土や水苔等を使っての菊栽培など、およそ子供の趣味と離れた事に関心がありました、それは花好きだった母の影響なのかも知れません。

当時の田舎での生活は、スーパーも無いので自給自足に近い生活、食べる物は殆どが自家製で、常に季節感に溢れる生活でした。

郷里を離れたのは大学進学時、札幌での生活が始まりました。

ワンダーフォーゲル部に所属、北海道の雄大な自然に引き込まれたのが入部の動機だったと記憶してます。

北海道内に留まらず、東北そして、遠く北アルプスまで足を延ばし、山の自然を心行くまで満喫して充実の学生時代でした。

大学での専攻は、食品学科微生物学講座、同級生達は役所、研究機関や製造業に就職した人が殆どでしたが、それらは自分にはあわず、未知の外国との接点が持てる総合商社に入社。

会社では、冷凍エビを中心とする、水産物の開発輸入業務が担当分野、海外を駆けずり回り、最終的には合計50余ヶ国に足を踏み入れ、南極大陸以外の5大陸での体験は、自分には貴重な財産です。

その中で、最も印象に残っているのは入社3年目、初めての海外出張で戦時下の南ベトナム、夜間外出禁止が発令され、街中には戦車が並び、夜間に聞こえるのは大砲の音、これが初体験の海外、ひと際鮮明な記憶が残っています。

会社での業務は、今の時代では考えられない過酷なもので、海外との時差もあって、帰宅は連夜日付が変わる寸前、しかも為替の大きな変動に翻弄され、時間・体力両面で気持が安らぐ時もなく、余裕のない日々の連続でしたが、今にしてみれば充実した会社生活でした。

最後は役職も上がり、食料品分野全般を統括するポジションに成ったものの、余りにも多忙な日々を送った反動もあり、一度しかない人生をこのままで終えるのは空しく、体力・気力のあるうちに楽しみたい、つまり、何の制約も無く、ノルマも無く、気ままな風任せの中で「したい事だけをして、のんびり過ごす」事に決め、リタイア後の第二の人生がスタートしました。

体力が有るうちに、学生時代の懐かしい大雪山や北アルプスの想い出登山は最高でした、季節に応じた各地の草花見物は自由人の利点で、開花日に合わせ、天候を確認した上で日程を決めての出発、これこそ年金生活者の特典、満喫しました。

昨年4月から、友人知人等に「今日の散歩道」と題して、ガラ携帯で撮影した「一日一花」のメール送信を開始、その数人から、この際本にしたらと、おだてられ、その気に成った次第です。

住居のある吹田市は、勤務時代40年以上も歩いていた道なのに、当時心に余裕が無かったのか気付かなかった事が多く、こんなに色々な花に巡り合える場所とは思ってもおらず、居住地を見直す良い機会になりました。

追:写真は北アルプスの立山連峰(雄山 3、003m)山頂での撮影、背後は壮大な北アルプスの山並み。

右の写真はウシュアイア(世界最南端の都市:アルゼンチン)の山。

山仲春男

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